本文へスキップ
ふくみる福のいわれを、暮らしの楽しみに。
ホーム / 読みもの

FUKUMIRU

天宇受売命とは?天岩戸で舞った神さまと芸能・神楽

ふくみる編集部

天岩戸の前で舞う天宇受売命と、岩戸から現れる天照大御神を描いた浮世絵
この記事の目次

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、『古事記』などに登場する女神です。天照大御神が天岩戸に隠れたとき、岩戸の前で舞い、神々の笑いとにぎわいを生んだ神として知られます。後世には神楽・芸能にゆかりの深い神としても信仰されています。

物語を3行で

  1. 天照大御神が天岩戸にこもり、世界が暗くなったと『古事記』は語ります。
  2. 天宇受売命が岩戸の前で舞うと、集まった神々が笑い、天照大御神は外の様子を気にします。
  3. 天手力男神が岩戸を開き、天照大御神が外へ出て、世界に光が戻ります。
天岩戸の前で舞う天宇受売命と、岩戸から現れる天照大御神を描いた浮世絵
春斎年昌デザイン「岩戸神楽之起顕」(1889年)。天宇受売命の舞と岩戸開きを描く三枚続の錦絵。所蔵:MAK応用美術博物館(ウィーン)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン・ファイル情報)。

天宇受売命とは?名前と表記

天宇受売命は「あめのうずめのみこと」と読みます。『日本書紀』では「天鈿女命」と書かれるなど、古典や神社によって表記に違いがあります。國學院大學の神名データベースでは、『古事記』の「天の石屋」「天孫降臨」などに登場すると整理されています。

名の由来についても説が一つに定まっているわけではありません。古典研究では、髪飾りをつけた巫女を表すという説などが紹介されています。ここでは、伝承上の役割を中心に見ていきます。

天岩戸の前で舞った物語

『古事記』では、須佐之男命の振る舞いを嘆いた天照大御神が、天の石屋(天岩戸)にこもったと語られます。太陽の神が姿を隠し、高天原も葦原中国も暗くなったため、八百万の神々は天安河原に集まって策を話し合いました。

思兼神の案を受け、神々は鏡や玉などを整え、天宇受売命は岩戸の前で桶を踏み鳴らして舞います。神々が声を上げて笑うと、岩戸の中の天照大御神は「自分が隠れているのに、なぜ外がにぎやかなのだろう」と不思議に思います。戸を少し開けたところで、天手力男神がその手を取り、外へお迎えしたと伝えられます。

舞は、ただ見せるための踊りとしてではなく、神々の注意を引き、閉ざされた場面を動かす働きを持っています。『日本書紀』には異なる語り方もあるため、これは記紀神話の一伝承として読むのが適切です。物語全体は天照大御神の記事、三柱の関係は三貴子の記事でも紹介しています。

天孫降臨では猿田毘古神と出会う

天宇受売命は天岩戸の物語だけでなく、天孫降臨の段にも登場します。天照大御神と高木神に遣わされ、天降りの道に立っていた猿田毘古神に名を尋ね、邇々芸命一行の道案内を申し出た理由を明らかにしたと『古事記』は語ります。

國學院大學の解説によれば、天宇受売命はその後、猿田毘古神を送り届け、猿女君と呼ばれる一族の祖としても描かれます。天岩戸の場面では場を動かす舞い手、天孫降臨では相手の名を確かめる役目を担い、物語の節目に登場する神です。天孫降臨の流れは邇邇芸命の天孫降臨の記事をご覧ください。

芸能や神楽とのつながり

天岩戸の前で舞った神話から、天宇受売命は舞や芸能に関わる神として広く親しまれています。猿田彦神社の境内社・佐瑠女神社では天宇受売命を祀り、技芸の上達を願う人々が参拝します。各地の神社で祀られ方や信仰の内容は異なりますが、舞や神楽にちなむ神として紹介される例があります。

神楽の起源を天宇受売命の舞に結びつける説明もあります。ただし、現在の神楽は地域ごとに多様な歴史を持つ芸能です。神話の舞をそのまま現在の神楽の成立史と同一視せず、「神楽を思い起こさせる伝承」としてつながりを楽しむとよいでしょう。

ここがポイント

天宇受売命は「天岩戸の前で舞った神」という紹介で知られますが、古典では天孫降臨にも登場し、猿女君の祖として語られます。ひとつの場面だけでなく、物語をまたいだ役割にも注目してみましょう。

関連する神さま・物語

参考にした資料