
この記事の目次
30秒でわかる天孫降臨
- 天孫降臨は、邇邇芸命(ニニギノミコト)が高天原から地上へ降りたと語る神話です。
- 『古事記』では、天照大御神の孫にあたる邇邇芸命が、天宇受売命や猿田毘古神らと関わりながら降臨します。
- 降臨の地は「筑紫の日向の高千穂」と記されますが、場所の比定には複数の説があります。

天孫降臨とは?
「天孫降臨(てんそんこうりん)」とは、天上の神々の子孫である「天孫」が地上へ降りる物語です。『古事記』では、天照大御神の子・天忍穂耳命が地上へ向かうよう命じられますが、その間に生まれた子の邇邇芸命が代わって降ることになります。命じられた先は、豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)、つまり地上の国です。
ここでいう「天孫」は、神話のなかで天上の神々につながる子孫を指す言葉です。神話は古代の人々が世界や王権、祭祀の由来を語った伝承であり、物語の出来事をそのまま歴史的事実と断定するものではありません。
物語を3行で
- 天上の神々は、地上を治めるため邇邇芸命を降らせることにします。
- 降臨の道にいた猿田毘古神を、天宇受売命が問いただし、道案内を得ます。
- 邇邇芸命は「筑紫の日向の高千穂」に降り立ち、地上に宮を構えたと『古事記』は語ります。
國學院大學の古典文化学事業が紹介する『古事記』本文では、天宇受売命が天の八衢にいた神へ問いかけ、その神が猿田毘古神と名乗ります。猿田毘古神は天孫の降臨を聞いて仕えるために来たと答え、降臨の道をつなぐ役割を果たします。天宇受売命も、神々を導く重要な存在として描かれています。
三種の神器と天照大御神
天孫降臨の物語は、天照大御神や三種の神器とも結びついています。神話の伝えでは、鏡・剣・玉が邇邇芸命に託され、地上での統治や祭祀を象徴する品として語り継がれました。三種の神器の名称や由来を知りたい方は、八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉の記事もご覧ください。天照大御神についてはこちらの記事で紹介しています。
ただし、『古事記』と『日本書紀』は同じ場面を完全に同じ形で記しているわけではありません。『日本書紀』には複数の異伝があり、誰の系譜を強く示すか、降臨の順序や場所をどう語るかなどに違いがあります。國學院大學の解説も、降臨する神の交替を描く伝承と、初めから邇邇芸命が降る形の伝承を区別しています。二つの書物や異伝を比べると、神話が一つの固定した筋書きだけではないことが見えてきます。
高千穂はどこ? 神話の地名と伝承地
『古事記』は降臨地を「竺紫の日向の高千穂の久士布流多気」と記します。この地名が現代のどの山を指すのかについては、宮崎県高千穂町周辺や霧島連峰など複数の比定説があります。國學院大學の地名解説では、「日向」や「高千穂」が神話的な意味を持つ可能性、久士布流多気を現実の山名ではなく神話上の山と見る説も紹介されています。
現在、宮崎県や鹿児島県には天孫降臨にゆかりがあると伝える神社・場所が複数あります。どこか一か所だけを「神話の舞台として確定した史跡」と言い切るのではなく、地域ごとに伝えられてきた信仰や由緒として訪ねるのがよいでしょう。物語としての降臨と、後世に育まれた土地の伝承を分けて見ると、各地の文化も尊重できます。
国譲りからつながる物語
天孫降臨は、直前に語られる国譲り神話と連続しています。大国主神が地上の国を譲り、その後に天孫が降臨するという構成です。国譲りの交渉に現れる建御雷神については、建御雷神と鹿島神宮の記事で解説しています。神話の大きな流れを追うときは、「国生み」「国譲り」「天孫降臨」を一続きの物語として読むと理解しやすくなります。
出典・画像について
- 國學院大學 古典文化学事業「天孫降臨①」
- 國學院大學 古典文化学事業「天孫降臨③」
- 國學院大學 古典文化学事業「久士布流多気(その2)」
- 画像:萩野由之『少年日本歴史読本 第二編』(1911年)掲載「邇邇芸命とその一行の降臨図」。Wikimedia Commons掲載画像。パブリックドメイン表記。ファイル情報。