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吉野の国つ神とは?贄持之子・井氷鹿・石押分之子と神武東征

ふくみる編集部

安達吟光が1891年に描いた神武天皇東征の木版画。八咫烏を見送る神武天皇を描いた作品で、伝承をもとにした明治期の表現。
この記事の目次

神武が吉野で出会う贄持之子(にえもつのこ)・井氷鹿(いひか)・石押分之子(いわおしわくのこ)を比較。漁・光る井戸・岩からの出現、始祖関係、尾のある人の諸説と現在の井光神社を解説します。

安達吟光が1891年に描いた神武天皇東征の木版画。八咫烏を見送る神武天皇を描いた作品で、伝承をもとにした明治期の表現。
安達吟光「神武天皇東征之図」(1891年)の一部。神話・伝承を題材にした明治期の木版画で、当時の神武天皇像を伝えます。Wikimedia Commons/Public Domain Mark 1.0。 吉野の三者を描き分けた図ではなく、神武東征を題材とする参考図版です。

吉野で出会う三者は、何を名乗ったのか

神武東征(じんむとうせい)の物語で、神倭伊波礼毘古命は熊野を経て吉野へ進みます。『古事記』は、この道中で出会う三者を続けて語ります。贄持之子、井氷鹿、石押分之子です。それぞれ正体を問われ、国つ神(くにつかみ)と答えます。

神武を助ける存在という大まかな分類だけでは、三者の特徴が埋もれてしまいます。川で漁をする者、光る井戸から出る者、岩を押し分ける者という現れ方と、本文が記す後裔の集団を組にして読むと、土地の生活と始祖伝承が結びついていることが分かります。

神名出会う場面古事記が示す始祖関係
贄持之子吉野川の川尻で筌を使い漁をする阿陀之鵜養の祖
井氷鹿光る井戸から出る、尾のある人吉野首らの祖
石押分之子山で岩を押し分けて出る、尾のある人吉野の国巣の祖

贄持之子(にえもつのこ)

三者のうち最初に出会う国つ神です。本文では吉野川の川尻で、筌(うえ)という魚を捕る道具を用いています。阿陀之鵜養の祖とされ、魚を捕る営みと朝廷への奉仕を考える手がかりとなる場面です。

贄は神や朝廷へ献じる産物に関わる語です。名前はそうした産物を持つ・掌ることと関係づけて解釈されています。ただし、本文の名を説明することと、実在の一人の経歴を復元することは同じではありません。

海の道で神武を案内する槁根津日子(さおねつひこ)や、山幸彦に助言する塩椎神(しおつちのかみ)とは、登場場面も名も異なります。漁や水に関わるという共通点だけで同一神と扱わないようにしましょう。

井氷鹿(いひか)

光る井戸から現れる、尾のある人として語られます。神武に尋ねられると国つ神を名乗り、吉野首らの祖であると記されます。井と光は神名を考える重要な手がかりです。

『日本書紀』は「井光」と表記し、後世の『新撰姓氏録』にも関連する始祖伝承があります。表記や伝承の広がりを追うことはできますが、別の文献の名前や属性を古事記の本文へそのまま移し入れることはしません。

奈良県の公式観光案内は、川上村の井光神社と井氷鹿の祭祀を紹介しています。一方、國學院大學の解説には出会いの地の比定をめぐる複数の説が示されています。現在の伝承地の案内と、古典の舞台の確定は分けて読む必要があります。

石押分之子(いわおしわくのこ)

山へ入った神武の前に、岩を押し分けて現れる国つ神です。天つ神(あまつかみ)の御子が来ると聞いて迎えに来たと述べ、吉野の国巣の祖とされます。本文での国巣はクズと読み、国栖などの表記にもつながります。

国栖は宮廷で歌舞を奏し、御贄を献じる集団として他の古典にも現れます。石押分之子の話は、そうした集団の始祖を神武の物語に結びつける伝承として読むことができます。

岩から出るという描写から、現代の特定の洞穴の住人だと断定することはできません。神名の語義、出現の物語、後裔の奉仕という三つの層を分けると、分かることと推測とを区別できます。

「尾のある人」は、どう解釈されている?

井氷鹿と石押分之子には尾があると記されます。獣皮などの装いを表すとみる説、動物や自然に近い存在として描く神話表現とみる説、王権の側が土地の人々を異形として描いたとみる説などがあります。

どの解釈を採るかで、この場面の見え方は変わります。本文にある外見の描写を、実在した人々の身体的特徴の証拠として扱ったり、現代の地域住民の性質へ結びつけたりする読み方は適切ではありません。

また、三者はすべて同じ外見で描写されるわけではありません。贄持之子の場面は漁の営みを中心に記されます。三者をまとめて一種類の妖怪のように描くと、本文の違いが分からなくなります。

現在の井光神社と、神話の土地を訪ねる読み方

奈良県公式観光案内は、川上村井光の井光神社について、井氷鹿を御祭神(ごさいじん)として伝えています。そこでは古事記と日本書紀の記述が並べて紹介され、同じ伝承が異なる表記で受け継がれる様子を確認できます。

神話ゆかりの場所には、古典本文の舞台をめぐる研究、神社の祭祀、地域で守られてきた伝承が重なっています。いずれか一つだけを根拠に他の説を否定するより、資料が何を説明するためのものかを確かめると理解が深まります。

熊野から吉野へ、神武の物語をつなぐ

前後の流れは神武東征と八咫烏(やたがらす)で確認できます。海の案内役との違いは槁根津日子・椎根津彦へ。熊野で神武を救う剣は布都御魂(ふつのみたま)の記事で紹介しています。

出典・参考資料

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