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新田義興とは?矢口の渡しから神様へ、絵巻と破魔矢に残る物語

ふくみる編集部

武将の記憶をモチーフにした兜と太刀のAI創作イラスト

ふくみる制作のAI創作イメージ。実在の人物・奉納品・文化財・祭礼の様子を再現したものではありません。

この記事の目次

新田義興にったよしおきは、南北朝時代の武将で、亡くなった後に神として祀られた人物です。東京・大田区の新田神社では「新田大明神」として信仰され、福井や愛媛にも祭神として名前が見られます。父の新田義貞にったよしさだとは別の人物です。

武将の記憶を受け継ぐ信仰のAI創作イラスト
武将の記憶を受け継ぐ信仰をモチーフにした、ふくみるのAI創作イメージです。実在の人物の肖像・神像・文化財・現地風景の再現ではありません。

矢口の渡しの物語から、新田大明神へ

東京の新田神社は、義興を義貞の次男と紹介しています。神社の由緒では、1358年、多摩川の矢口やぐちの渡しで策略に遭い、家臣たちとともに命を落としたと伝えます。

その死後に災いが起きたため、人々が魂を鎮めようと祀った、というのが創建の物語です。災いと死者の魂を結び付ける部分は、当時の信仰を伝える話として読むことが大切です。現在の新田神社は、運を開き守る神として義興を紹介しています。

絵巻と芝居にもなった「新田」の伝承

大田区の文化財資料には、義興の生涯から神社の創建までを描いた「新田大明神縁起絵にっただいみょうじんえんぎえ」が紹介されています。1676年に寄進された上下二巻の絵巻で、東京都の文化財に指定されています。

同資料は、平賀源内ひらがげんないがこの伝承を題材に「神霊矢口渡しんれいやぐちのわたし」を書き、のちに歌舞伎でも演じられたことを紹介しています。ひとりの武将の記憶が、お社だけでなく絵画や芝居にも残っているのです。

破魔矢とのつながりも伝わる

神社の公式由緒は、境内の竹を用いた「矢守やもり」と平賀源内の関わりを伝えています。大田区の資料も、これを破魔矢はまやの由来の一つとして紹介しています。正月に目にする縁起物から、土地の物語をたどる入口になります。

福井と愛媛にも、義興を祀るお社

福井市の藤島神社ふじしまじんじゃでは、主祭神の義貞とともに祀る神として義興が記されています。一方、愛媛県鬼北町きほくちょうの新田神社では、義貞・義興・義助の三人が祭神として案内されています。

同じ「新田神社」という社名でも、祀られる人物は一律ではありません。新田氏を祀る神社を訪ねるときは、義貞・義興・義宗・義治など、それぞれの名前を確かめると地域ごとの違いが見えてきます。

祭りの日を手がかりに

大田区の文化財資料は、東京の新田神社の例大祭を10月10日と案内しています。愛媛県神社庁は、鬼北町の新田神社の例祭を11月11日と紹介しています。これは各神社の祭礼案内であり、歴史上の没日を現在の暦へ一律に置き換えたものではありません。参拝や文化財の公開を目的に出かける際は、その年の実施案内を確かめてください。

あわせて読みたい神様

新田義貞・脇屋義助・新田義宗と愛媛の神社では、新田氏を祀る別のお社を紹介しています。人の記憶が信仰へつながる例として、菅原道真公・天神さまもあわせてどうぞ。

出典・参考資料

出典確認日:2026年10月26日。

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