
三春駒の木馬(撮影:けんち/Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)
この記事の目次
三春駒は、福島県郡山市西田町で受け継がれる木の郷土玩具
30秒でわかる三春駒
- 三春駒(みはるごま)は、福島県郡山市西田町高柴の高柴デコ屋敷で作られてきた木馬の玩具です。
- 坂上田村麻呂を助けた木馬の伝説と結びつき、子育て馬として親しまれてきました。
- 伝説は地域に伝わる物語として読み、玩具の制作史や馬の産地としての背景とは分けて考えます。

三春駒とはどんな人形?
三春駒は、木を削って馬の姿にした郷土玩具です。現在の主な産地は、福島県郡山市西田町高柴にある高柴デコ屋敷。郡山市は、一寸ほどの小さなものから一尺ほどまで、いくつかの大きさが作られていると紹介しています。手のひらに収まるものから、飾り映えする大きさまであり、素朴な輪郭のなかに木工の手仕事が見えます。
「三春駒」という呼び名は、もとは三春藩から産出する馬そのものを指した言葉で、後に高柴で作られる木馬にも使われるようになったと三春町歴史民俗資料館は説明しています。馬の産地として知られた土地の記憶と、玩具づくりが重なった名前です。
坂上田村麻呂を助けた木馬の伝説
三春町の資料館が紹介する伝説では、京都・清水寺の僧、延鎮が坂上田村麻呂の出兵に際して、仏像を刻んだ残り木から百頭の木馬を作ります。その木馬が戦場で本物の馬となり、田村麻呂を助けたことから、三春駒が作られ始めたと語られます。
これは玩具の由来として伝わる物語です。木馬が本物の馬に変わったという出来事を歴史上の事実として確認できるわけではありません。地域の人々が木馬に重ねた願いや、伝説が形づくった文化として紹介します。
この物語とともに、三春駒は「子育て馬」とも呼ばれ、子どもの健やかな成長を願う玩具・お守りとして親しまれてきました。郷土玩具は、形そのものだけでなく、土地の歴史や人々の願いを一緒に伝えているのが魅力です。
「日本三大駒」と呼ばれる木馬の仲間
三春町歴史民俗資料館は、三春駒と青森県の八幡馬、宮城県の木ノ下駒を「日本三大駒」として紹介しています。同館は、三春駒が木ノ下駒の影響を受けていると考えられることにも触れています。いずれも馬を題材にした郷土玩具ですが、産地や素材、造形はそれぞれ異なります。
| 呼び名 | 主な産地 | 見て楽しむ点 |
|---|---|---|
| 三春駒 | 福島県郡山市西田町高柴 | 木彫りの馬の姿、サイズや彩色の違い |
| 八幡馬 | 青森県八戸地方 | 三春駒と並ぶ木馬玩具のひとつ |
| 木ノ下駒 | 宮城県の木ノ下 | 地域の馬文化と結びついた造形 |
「三大駒」は三春町資料館が用いる呼称です。全国の馬の郷土玩具を網羅する唯一の分類としてではなく、三つの産地の玩具を比べる手がかりとして捉えるとよいでしょう。
木馬の形や彩色を見比べるなら、八戸の八幡馬の由来と見どころ、九州のきじ馬・きじ車もあわせてどうぞ。
実物を見るなら高柴デコ屋敷や郷土人形館へ
三春町歴史民俗資料館は、郷土人形館で江戸時代に制作された三春駒を見られると案内しています。郡山市の文化・伝統紹介では、生産地を西田町、販売場所の例を高柴デコ屋敷の各店舗や郡山駅などとしています。展示や販売の状況、開館日、価格は変わるため、訪問前に各施設や店舗の公式案内を確認してください。
古い三春駒を探すなら、木の割れや欠け、塗りの状態、底面の記載、来歴の説明に目を向けましょう。箱や札が残っていれば、いつ・どこで作られたか知る手掛かりになります。古物は同じものがいつも出品されているとは限りません。メルカリ掘り出し物市場で一点ものの探し方を確認したり、福もの市場で郷土玩具や縁起物の種類を見渡したりするのも一案です。
ふくみるでは、同じ福島の会津で作られる赤べこや、地域ごとに表情が異なる伝統こけしも紹介しています。木・紙など素材の違いにも注目すると、郷土玩具をめぐる楽しみが広がります。


