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この記事の目次
速秋津日子神と速秋津比売神は、水の出入口に関わる神々です。天之水分神・国之水分神の名と水の分配、祓戸四神の速開都比売との違いを古事記から紹介します。
アイキャッチの出典:西川祐信《伊邪那岐命と伊邪那美命》。国生みを描いた絵画で、この記事の神々そのものを描いた肖像ではありません。メトロポリタン美術館所蔵(2015.300.115)/Wikimedia Commons(CC0)。参考図版であり、この記事で扱うすべての神の肖像ではありません。
速秋津日子神は、水の出入口に関わる神
はやあきつひこのかみ。『古事記』では伊邪那岐命・伊邪那美命の神生みで現れる、水戸の神です。水戸は、現在の都市名としてだけでなく、水が出入りする河口や海峡などを思わせる語として解釈されます。
速秋津比売神は、対になる女神
はやあきつひめのかみ。速秋津日子神とともに河と海を分担し、さらに神々が現れるまとまりに関わります。古事記は二柱の名を別々に挙げるため、一人の神の長い名前としてつなげないようにします。
天之水分神――水を分け配る名
あめのみくまりのかみ。河・海に関わって現れる八神の一柱です。「水分」は水を配ることと解され、農耕に欠かせない水の分配や、分水嶺の祭祀へ目を向ける手がかりになります。ただし、古事記自体が個別の灌漑作業を詳しく記すわけではありません。
国之水分神――天之と対になる名
くにのみくまりのかみ。天之水分神と対になる神です。天から降る水と地から湧く水のように解釈する説がありますが、二柱に割り当てた役目が古典で明文として確定しているわけではありません。
水分の神と、雨乞いの祭祀
國學院大學の解説は、大和の葛木・都祁・宇陀・吉野の水分の祭祀や、雨を求める歴史資料を紹介しています。水の恵みは、水量が多いほどよいという単純なものではなく、田畑へ必要な水を配る営みと深く関わります。
祓戸四神の速開都比売との違い
大祓の祝詞では、速開都比売が海へ運ばれた罪をのみ込む働きを担います。名前や水辺という共通点から関連が論じられますが、古事記の速秋津比売の出現場面と、祝詞の働きは同じ文章ではありません。祓戸四神と読み比べる際は資料名を残します。
『日本書紀』の一柱の水門神
書紀の神生みの一書には速秋津日命という神が見えます。古事記の二柱と、さらにそこから現れる八神の構成を、そのまま共通の本文として扱わないことが大切です。
水辺の神々を、場所と場面で探す
海の底・中・上に現れる綿津見の神、船を守る住吉三神、水戸の神、水を配る神には、それぞれ違う背景があります。住吉三神や闇御津羽神と合わせ、水神という広い呼び方の中を歩けます。
八柱の子神は、四つの対として現れる
速秋津日子神・速秋津比売神に続く八神には、沫那芸・沫那美、頬那芸・頬那美、天之水分・国之水分、天之久比奢母智・国之久比奢母智という対があります。水分の二神だけを抜き出す前に、どのまとまりの第五・第六なのかを確かめると、神生みの配列の中へ戻せます。
| 順序 | 対になって並ぶ神名 |
|---|---|
| 一・二 | 沫那芸神・沫那美神 |
| 三・四 | 頬那芸神・頬那美神 |
| 五・六 | 天之水分神・国之水分神 |
| 七・八 | 天之久比奢母智神・国之久比奢母智神 |
四つの水分社は、大和の水の祭祀を知る入口
國學院大學の解説は、葛木・都祁・宇陀・吉野の水分社が、雨を願う祭祀の資料に挙がることを紹介します。水を分けるという名は、山からの流れを田畑へつなぐ暮らしにも関わります。一つの有名な龍神の物語へまとめるより、地域ごとの水源と配水への祈りを比べる道が開けます。
水を求める願いと、災いを流す祝詞を読み分ける
水分の神の祭祀と、大祓詞で罪穢れを呑む速開都比売の働きは、水に関わるという共通点だけでは同じになりません。必要な水を願うことと、運ばれたものを取り去ることでは、祭祀の言葉が見つめる方向が違います。神名の似た音に気づいた後は、どの資料で何をするかを確かめます。
祓戸四神と山野から現れる八神を並べると、河と海、山と野という自然の対と、それを語る文章の組み立てを比較できます。
泡・水面・水を汲む道具から読む六神
速秋津日子神・速秋津比売神から生まれる八神には、既出の天之水分神・国之水分神に加えて、以下の六神が含まれます。「沫」「頬」「久比奢母智」の組を分けると、水にまつわる名前の違いが見えてきます。
| 神名 | 本文での位置・関係 |
|---|---|
| 沫那芸神・沫那美神 | 八神の第一・第二。泡の静けさ・波立ちなどと解する説 |
| 頬那芸神・頬那美神 | 第三・第四。水面の様子と関係づける説 |
| 天之水分神・国之水分神 | 第五・第六。既存の各節で解説 |
| 天之久比奢母智神・国之久比奢母智神 | 第七・第八。水を汲む瓠などと関係づける説 |
沫那芸神(あわなぎのかみ)
神生み段の八神の最初に挙がります。「沫」を泡、「那芸」を凪に関連づけ、静かな水の様子と見る説があります。ただし神名の解釈には別説があり、これを唯一の語源とはしません。
『日本書紀』の一書に登場する沫蕩尊は、系譜中で伊弉諾尊の親に位置づけられる存在です。『古事記』で速秋津日子神・速秋津比売神から生まれる沫那芸神とは、名称が近くても本文の系譜をそのまま統合できません。
沫那美神(あわなみのかみ)
沫那芸神に続く第二の神です。「那美」を波に結びつける説などがあり、泡の立つ水の動きを表す名として読まれます。前の神と対になっている点が、名を読む手がかりになります。
「ナギ」「ナミ」の音が伊邪那岐・伊邪那美と似ることから男女の対とみる考えもありますが、この箇所に妹という記述がないことなどから異なる解釈もあります。夫婦神と確定した関係図にはしません。
頬那芸神(つらなぎのかみ)
八神の第三です。「頬」をツラ、すなわち表面に通わせて、水面を示す字と解する説があります。その場合は、頬の形や顔を守る神という説明より、水の表の状態を表す名として理解できます。
沫那芸神と語尾が共通していても、本文では別の名が連続して挙げられます。同じ神の表記違いとしてまとめる根拠にはしません。
頬那美神(つらなみのかみ)
八神の第四で、頬那芸神と組になる神名です。水面が波立つ様子と解する説があり、先の沫の二神と同様に静動の対を見いだす読み方があります。
名義の解説は、水をどう見て神名へ表したかを考える学説です。本文そのものが現代の水循環を科学的に説明していたと置き換えることはしません。
天之久比奢母智神(あめのくいざもちのかみ)
八神の第七です。「久比奢母智」は、水を汲む瓠を持つ意味などに解されます。瓠は容器として水を扱う道具であり、名前を水の分配や利用と結ぶ解釈につながります。
クヒザモチ・クヒサモチなど読みにも議論があります。字の対応を保持しておくと、読みが異なる資料でも同じ記載を探しやすくなります。
国之久比奢母智神(くにのくひざもちのかみ)
八神の最後に挙がり、天之久比奢母智神の「天之」と「国之」が対をなします。本文では八神の一つとして別に記されるため、二つを単に一柱の別名とは扱いません。
天から降る水と国土から湧く水の対応などが論じられていますが、そこには解釈の幅があります。特定の山・井戸をこの神の唯一の所在地とするには、別の地域資料が必要です。
この補足の出典
- 國學院大學 神名DB「沫那芸神」
- 國學院大學 神名DB「沫那美神」
- 國學院大學 神名DB「頬那芸神」
- 國學院大學 神名DB「頬那美神」
- 國學院大學 神名DB「天之久比奢母智神」
- 國學院大學 神名DB「国之久比奢母智神」
- 國學院大學 古事記ビューアー「神生み」


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