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国譲りとは?大国主神と建御雷神の神話

ふくみる編集部

稲佐の浜に立つ弁天島。出雲の国譲り伝承と結びつけて語られる浜
この記事の目次

国譲りとは、『古事記』や『日本書紀』に伝わる、葦原中国(あしはらのなかつくに)を治める大国主神が、天照大御神の子孫へ国を譲る物語です。神々の交渉や力比べを経て、出雲大社の由緒とも結びついて語られます。

物語を3行で

  1. 高天原の神々は、地上世界を天照大御神の子孫に治めさせようと考えます。
  2. 複数の使者を送った末、建御雷神が大国主神のもとを訪れ、子どもたちにも意向を尋ねます。
  3. 事代主神と建御名方神がそれぞれ応じ、大国主神も国を譲ると語られます。
稲佐の浜に立つ弁天島。出雲の国譲り伝承と結びつけて語られる浜
稲佐の浜の弁天島。出雲の国譲り神話で建御雷神が降り立つ場面と結びつけて伝えられる場所です。写真:Aimaimyi/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0、加工なし)。

「国譲り」はどんな物語?

「国譲り」は、天照大御神を中心とする高天原の神々と、大国主神を中心とする地上の神々が、国を誰が治めるかをめぐって交渉する物語です。「国」とは、物語に登場する豊葦原水穂国・葦原中国を指します。現代の土地の売買のような出来事ではなく、神話の中で支配の移り変わりを描いたものです。

以下では主に『古事記』の筋を紹介します。神話は歴史上の出来事を記録したものと断定せず、「『古事記』ではこう語られる」として読みます。

『古事記』に語られる国譲りの流れ

1. 高天原から使者が送られる

天照大御神は、孫の邇邇芸命を地上へ降ろす前に、地上を治める大国主神へ使者を送ります。『古事記』では、最初の使者・天菩比神が大国主神のもとに留まり、次の天若日子も戻らないなど、交渉はすぐには進みません。國學院大學の解説では、この後に思兼神らの相談を経て、建御雷神が使者となる展開が紹介されています。

2. 建御雷神が稲佐の浜に降り立つ

建御雷神は天鳥船神とともに、出雲の稲佐の浜へ降り立ちます。剣を抜いて浜辺に立て、その上に座して大国主神へ国を譲るよう求めたと『古事記』は語ります。大国主神はすぐに答えず、まず子の事代主神に意向を尋ねるよう求めました。

3. 事代主神と建御名方神が応じる

事代主神は国を譲ることに同意したとされます。もう一柱の子・建御名方神は納得せず、建御雷神に力比べを挑みますが、敗れて信濃国の諏訪へ退いたと語られます。建御名方神は諏訪大社の御祭神として祀られています。神さまごとの詳しい紹介は建御雷神の記事もご覧ください。

4. 大国主神が国を譲り、宮を求める

子どもたちの返答を受け、大国主神も国を譲ると答えます。その際、自分が隠れ住むための壮大な宮を建てるよう求めたと『古事記』は伝えます。この宮の物語は、出雲大社の由緒と結びつけられてきました。出雲大社の公式案内も、国譲り神話と御本殿の創建を関連づけて紹介しています。

国づくりを担った大国主神の物語は大国主命とは?、天照大御神の孫が地上へ降りる話は天孫降臨の記事で紹介しています。

『日本書紀』では語り方が異なる

神話の筋は、古典によって一つではありません。神社本庁の解説では、『日本書紀』には建御雷神と経津主神がともに天降り、国を平定したとする伝承があると紹介されています。『古事記』で中心となる使者や交渉の描き方と同じではありません。神話を読むときは、ひとまとめにせず「どの文献の伝承か」を確認すると、違いが見えてきます。

よくある混同

国譲り神話が伝える内容と、出雲大社の創建史が考古学・文献史料から確認できる範囲は、同じものではありません。物語上の由緒と歴史研究を分けて扱います。

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