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この記事の目次
大国主神の子である阿遅志貴高日子根神と、高比売命(下照比売)。天若日子と間違われた兄、兄の名を歌う妹の物語から、二神の関係と別名を整理します。
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阿遅志貴高日子根神は、大国主神の子
あじしきたかひこねのかみ。阿遅鉏高日子根神などの表記もあり、『古事記』では迦毛大御神という尊称も持ちます。妹の高比売命とともに、天若日子の葬送の場面に関わります。
高比売命は、下照比売とも呼ばれる神
たかひめのみこと。『古事記』では大国主神と多紀理毘売命の子で、阿遅志貴高日子根神の同母妹です。高比売命・下光比売命・下照比売という名が登場しますが、別々の姉妹として数えるものではありません。
友を弔いに来た兄が、死者と間違われる
天若日子が亡くなると、友人の阿遅志貴高日子根神が弔いに訪れます。ところが容貌がよく似ていたため、天若日子の家族は本人が生きていたと思い、取りすがります。
生きている自分を死者と取り違えられた神は怒り、喪屋を壊して飛び去ります。この出来事は、二神が同一人物であるという種明かしではありません。似ているが別の存在だからこそ、物語の衝突が起こります。
妹の歌が、兄の名を明かす
高比売命は、飛び去る兄の名を歌で示します。夫を失って悲しむ下照比売という姿に加え、兄の神格を知らせる歌い手としても登場する点が特徴です。『古事記』はその歌を夷振として位置づけています。
名を明かす歌の役割や、下照比売から高比売命へ呼称が変わる意味には、祭祀や再生に関わるものなど複数の解釈があります。本文にある歌と、後の研究による意味づけは分けて読みます。
葛城の鴨の神と、京都の賀茂の神
阿遅志貴高日子根神は、葛城の鴨の祭祀との関係が指摘されます。しかし、同じカモの音があるからといって、京都の賀茂別雷大神・賀茂建角身命とすべて同じ神だとはいえません。
社名が似る場合ほど、御祭神の名と地域を確かめる必要があります。神の呼称が広い地域へ伝わることと、個々の神格を同一と認めることは別の問題です。
農耕・水・雷など、神格の解釈は一つでない
名に見えるスキを農具と解する説のほか、神名や神格には多くの説があります。國學院大學の解説は、農耕神・水神・雷神などの見方を並べています。現代の一つのご利益だけから全体像を決めないことが大切です。
天若日子と国譲りの使者から読むと、葬送に至る前の物語もつながります。
死者に似ていることが、弔問を混乱へ変える
天若日子が命を落とすと、その父や妻子が葬りの場を設けます。友人の阿遅志貴高日子根神が弔いに来ると、姿がよく似ていたため、死んだはずの天若日子が生きていると思われます。似た姿は再会の喜びを生む一方、生きている神には、自分を死者と取り違えられる出来事になっています。
阿遅志貴高日子根神は怒り、喪屋を斬り倒して蹴り、去っていきます。その喪屋を土地の山へ結びつける説明も続きます。友を弔う行為、取り違え、怒り、地名の由来が、一つの場面の中で連なっています。
妹の歌は、去る兄の名前を示す
高比売命は、飛び去る兄の名を歌で明かします。散文の説明だけでなく、歌が登場人物の正体を伝える点が印象的です。歌に出る美しい姿や身につける品を手がかりに、聞き手が神を知る構成になっています。物語を先へ進める言葉として、歌が置かれています。
高比売命は大国主神と多紀理毘売命の子で、阿遅志貴高日子根神の同母妹です。下照比売という名を知っていると、天若日子との婚姻の場面と、兄の名を告げる場面が、同じ女神を通してつながります。
父・夫・兄を確かめると、二つの系譜が結ばれる
| 高比売命との関係 | 神名 |
|---|---|
| 父 | 大国主神 |
| 母 | 多紀理毘売命 |
| 夫 | 天若日子 |
| 同母の兄 | 阿遅志貴高日子根神 |
天から来た使者が地上の神の娘と結ばれ、その死によって地上の兄妹の物語が動きます。国譲りの使者と大国主神の両方から読むと、国譲り、婚姻、葬送、歌が一つの親族関係の中に集まっていることが分かります。
賀夜奈流美命との関係は、資料ごとに読む
下照姫と結びつけられる賀夜奈流美命には、鳥鳴海神との同神説もあります。賀夜奈流美命と飛鳥の神奈備では、祝詞の記載・現在の神社の説明・研究上の説を分けて紹介しています。この関係を、すべての古典に共通する確定した別名として扱わないことが大切です。



