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黄泉の国とは? 伊邪那岐命と伊邪那美命の物語

ふくみる編集部

島根県松江市東出雲町にある黄泉比良坂の伝承地。黄泉の国の記事のサムネイル。
この記事の目次
物語を3行で

  • 『古事記』では、伊邪那美命を追って伊邪那岐命が黄泉の国へ向かいます。
  • 禁を破って妻の姿を見た伊邪那岐命は、追手から逃げ、黄泉比良坂を大石でふさぎます。
  • これは古典に伝わる神話で、現実の死後世界を証明する記録ではありません。

「黄泉の国(よみのくに)」は、日本神話に登場する死者の国です。『古事記』では、火の神を生んで亡くなった伊邪那美命を連れ戻そうと、伊邪那岐命が黄泉の国を訪ねます。ここでは物語の流れと、黄泉比良坂の伝承地について、神話と現代の説明を区別して紹介します。

伊邪那岐命が黄泉の国へ向かう

『古事記』によると、伊邪那美命は火の神を生んだのちに亡くなります。悲しんだ伊邪那岐命は妻を追って黄泉の国へ行き、「まだ国づくりは終わっていない」と帰るよう願います。伊邪那美命は黄泉の国の神に相談する間、姿を見ないようにと告げます。

しかし伊邪那岐命は待ちきれず、火をともして妻の姿を見てしまいます。そこには変わり果てた姿があったと『古事記』は語り、伊邪那美命は約束を破られたことに怒ります。伊邪那岐命は黄泉の神々や追手から逃げ、道中で投げた櫛や桃などが追跡を妨げる展開が続きます。

千引の岩と黄泉比良坂

最後に伊邪那岐命は、黄泉の国と現世の境とされる黄泉比良坂(よもつひらさか)まで逃げます。『古事記』では、千人がかりで引くほどの大岩を坂に置いて道をふさぎ、二柱は岩をはさんで言葉を交わします。そこで伊邪那美命は一日に千人を死なせると告げ、伊邪那岐命は一日に千五百の産屋を建てると応じます。物語は、死と生がともに続く世界の姿を象徴的に語ります。

場面 物語での意味 読み方の注意
黄泉訪問 亡き妻を連れ戻そうとする 古典の神話として語られる
姿を見る禁 見る・見られることをめぐる約束の破綻 作品の描写を現実の記録と混同しない
千引の岩 黄泉と現世を分ける境界 死と生の対比を読む手がかり

黄泉の国は「地獄」と同じ?

黄泉の国を、善人・悪人を裁く場所として描かれる地獄と同じものと決めつけるのは適切ではありません。『古事記』での役割は、伊邪那美命の死と、伊邪那岐命が訪れる異界を語ることです。後世の宗教観や物語によって「死後の世界」のイメージは多様に重なってきましたが、神話本文と後の解釈は分けて見ましょう。

黄泉比良坂の伝承地

島根県松江市東出雲町には、黄泉比良坂の伝承地とされる場所があります。國學院大學の地名解説は、古典に出る地名と現在の場所の比定について、確定ではなく複数ある見解の一つとして注意を促しています。現地を訪れる際は「神話の舞台と伝えられる場所」として、地域の案内に従って見学しましょう。

黄泉の国から帰った伊邪那岐命の禊では、天照大御神・月読命・須佐之男命が生まれたと『古事記』に語られます。続けて天照大御神、月読命、須佐之男命の記事もどうぞ。

ここがポイント

黄泉の国は『古事記』などに語られる神話上の異界です。地獄と同じと一括りにせず、物語が描く生と死の境界として読むと理解しやすくなります。

出典・参考