
この記事の目次
- 『古事記』では、黄泉の国から戻った伊耶那岐命が、川辺で身を清めます。
- 禊の途中で多くの神々が生まれ、最後に天照大御神・月読命・須佐之男命が誕生します。
- これは神話の物語。実際の参拝では、神社ごとの案内と作法を確かめましょう。

禊(みそぎ)とは?神話に語られる清め
禊(みそぎ)は、水に身を浸すなどして心身を清めることを指す言葉です。『古事記』には、黄泉の国から戻った伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が、死者の国で触れた穢れを清めるために禊を行う物語が記されています。
神話の場面を、現代の入浴や神社参拝の手水とそのまま同じものと考える必要はありません。ここでは『古事記』に描かれた物語としてたどり、現在の作法は各神社の案内に沿って紹介します。
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黄泉の国から戻った伊耶那岐命
『古事記』では、伊耶那岐命は亡くなった妻・伊耶那美命を追って黄泉の国へ赴きます。そこで変わり果てた伊耶那美命の姿を見て逃げ帰り、追っ手を退けて現世へ戻ります。
帰還後、伊耶那岐命は「身についたものを洗い流そう」と考え、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(あわぎはら)へ向かいます。黄泉の国の物語については、黄泉の国とは?伊耶那岐命と伊耶那美命の物語にまとめています。
禊の途中で生まれる神々
『古事記』では、身につけていた衣や持ち物を脱ぎ捨て、水で体を洗う場面から、さまざまな神々が生まれます。海の神・綿津見三神については、綿津見神の記事で禊に生まれる神々と海宮の神の違いも紹介しています。そして左目を洗ったときに天照大御神、右目を洗ったときに月読命、鼻を洗ったときに須佐之男命が生まれます。この三柱は「三貴子(さんきし)」と呼ばれます。
| 禊の場面 | 『古事記』で生まれる神 | 神話での位置づけ |
|---|---|---|
| 左目を洗う | 天照大御神 | 高天原を治めるよう命じられる |
| 右目を洗う | 月読命 | 夜之食国を治めるよう命じられる |
| 鼻を洗う | 須佐之男命 | 海原を治めるよう命じられる |
『古事記』では、伊耶那岐命は三柱の誕生を喜び、それぞれに治める領域を委ねます。三貴子それぞれの物語は、三貴子とは?天照大御神・月読命・須佐之男命の記事から読めます。
『日本書紀』では、伝承の書き方に違いも
神話は一つの本文だけで語り尽くされるものではありません。『日本書紀』には複数の異伝が記され、禊や神々の誕生をめぐる描写にも違いがあります。現代の説明では、読みやすさのために異なる伝承を混ぜてしまうことがありますが、ここでは主に『古事記』の筋を紹介しました。
國學院大學の古典文化学事業は、禊の記事で生まれる神々や、その物語が持つ文脈を解説しています。神名の順序や表記をさらに確かめたい方は、参考資料もご覧ください。
「禊の後に三貴子が生まれた」とは、『古事記』が語る神話上の出来事です。歴史上確認された出来事として断定せず、古典の伝承として読みましょう。
神話の禊と、神社での手水は別に見る
神社の手水舎で手や口を清める習慣は、参拝前に身を整える作法として案内されています。伊耶那岐命の禊の物語を知ると「清め」という言葉の広がりを感じられますが、神話の禊と現代の手水は、場面も作法も異なります。実際の参拝では、手水舎の使い方を確認し、神社ごとの案内を優先してください。
参考資料
- 國學院大學 古典文化学事業「伊耶那岐神」
- 國學院大學 古典文化学事業「みそぎ①」
- 國學院大學 古典文化学事業「三貴子の分治」
- 挿絵:名取春仙『日本の神様 : 古事記絵はなし』(1916年)、Wikimedia Commons・パブリックドメイン



