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この記事の目次
大坂神・墨坂神は崇神天皇の祭祀に、科野之坂神は倭建命の旅に現れます。黒と赤の楯・矛、坂や境界の信仰、登場する物語の違いを比較します。
アイキャッチの出典:西川祐信《伊邪那岐命と伊邪那美命》。国生みを描いた絵画で、この記事の神々そのものを描いた肖像ではありません。メトロポリタン美術館所蔵(2015.300.115)/Wikimedia Commons(CC0)。参考図版であり、この記事で扱うすべての神の肖像ではありません。
坂の名を持つ三つの神は、同じ場面ではない
古事記には、大坂・墨坂・科野の坂に関わる神名が見えます。坂という地形の共通点はありますが、疫病を鎮める祭祀に登場する神と、倭建命の旅の途中に現れる神とは、物語の文脈が違います。
大坂神(おおさかのかみ)
おおさかのかみ。崇神天皇の巻で、疫病を鎮めるために祭る神の一つです。黒い楯と矛を奉ったと記されます。現在の大阪府全体を人格化した神と、現代の地名だけから決めるものではありません。
墨坂神(すみさかのかみ)
すみさかのかみ。崇神天皇の巻で祭られる、宇陀に関わる神です。赤い楯と矛を奉る点が、大坂神の黒い楯・矛と対照をなします。異なる色を用いる祭祀の記述が、二つの神の違いを示します。
科野之坂神(しなののさかのかみ)
しなののさかのかみ。倭建命が東征の帰路、甲斐から信濃の坂を越えて尾張へ戻る際に、服従させたとされる神です。大坂神・墨坂神と同じ疫病鎮めの祭りに列席するわけではありません。
道の境界に神を祀るという視点
坂や峠は、人や物が別の地域へ出入りする場所です。境を守る神や、外から来るものを防ぐ祭祀という観点から読むことができます。ただし、すべての坂の神が一柱の道祖神の別名であるとするものではありません。
赤と黒の祭具を、現在の吉凶表にしない
古典には祭具の色の違いが記されますが、それだけで、現代の読者が黒い品物を持つと災いが起こる、といった判断をする根拠にはなりません。祭祀の構成や神名の対照を知る資料として読みます。
疫病を鎮めた物語と、医療は区別する
古代の物語で病が神と結びつけられたことは、当時の世界観や祭祀を知る手がかりです。楯や矛を奉れば現在の感染症を防げるという、医療上の効果を説明するものではありません。
科野と、現在の信濃という名前
科野は古い表記として現れ、後の信濃と関わります。古典の地名を現在の地図へ比定する際は、伝承地や研究上の説を確認する必要があります。神名だけから、坂の位置が一つに確定するわけではありません。
道祖神や、倭建命の旅と比べる
八衢比古・八衢比売・久那斗や日本武尊・倭建命と合わせると、境界を守ることと、土地を進む英雄の物語という二つの視点が見えてきます。
楯と矛の色を、奉る相手と組にして読む
崇神記の祭祀では、大坂神へ黒い楯と矛、宇陀の墨坂神へ赤い楯と矛を奉ります。黒と赤は、現代の好きな色や一律の吉凶表ではなく、原典のこの祭祀の組み合わせとして確認します。二神の名を省いて色だけ覚えると、対応が逆になりやすくなります。
| 神 | 古事記で奉る祭具 |
|---|---|
| 大坂神 | 黒色の楯と矛 |
| 墨坂神 | 赤色の楯と矛 |
| 科野之坂神 | 倭建命が帰路で服従させる別の場面 |
坂という共通点から、異なる物語へ進む
大坂神・墨坂神の祭祀は疫病を鎮める段、科野之坂神は倭建命の帰路に現れます。坂を通る場所や境と考える共通の視点は持てますが、全員が同じ儀式で同じ祭具を受けるわけではありません。神名の似たものを並べ、時代と主人公を分けることが、名鑑を役立つ比較へ変えます。



